誰もがハプログループとは何ぞやと思うでしょうね。
ハプログループとは、共通の祖先を共有する人々の遺伝的集団グループです。
これが分かると、共通女性祖先であるミトコンドリア・イブの発祥地から日本上陸までのルートと突然変異して別のグループに分かれて行く様子が分かります。ハプログループ
ある 種(たとえば ヒト)の一部(たとえば 日本人)について、ハプログループを調べることで、その一部(日本人)の 由来を調べることができる。通常は、 ミトコンドリア(女系)や Y染色体(男系)を用いる。ミトコンドリアのハプログループを調べる話は「 ミトコンドリア・イブ 」という言葉とともに有名になった。 この研究が発展して、 人類が アフリカから各地へ移動していく経路も推定できるようになった。
細胞のイラストを見ると、楕円形になっていて、その中に核があってミトコンドリアDNAは核の外にあります。ミトコンドリア・イブ
ミトコンドリア・イブ(Mitochondrial Eve)とは、 人類の進化に関する学説において、 現生人類の最も近い共通女系祖先 (the matrilineal most recent common ancestor)に対し名付けられた愛称。約16±4万年前にアフリカに生存していたと推定され、 アフリカ単一起源説 を支持する有力な証拠の一つである。 ...
我々、父親のXY染色体と母親のY染色体から半分ずつ遺伝情報を受け継がれるんですが、女性の場合、父親の持つX染色体は卵細胞の中で破壊されてしまうので、母系のミトコンドリアDNAしか受け継がれません。
男性の場合、父親から息子にY染色体だけ受け継がれます。
つまり、私は女性なので、Y染色体は受け継がれず、父方の母系ミトコンドリアDNAは母親の卵細胞の中で破壊されるわけです。
父親のY染色体ハプログループを知りたかったら、父親か兄、又は兄の子供に私がキットを購入して検査してもらうしかありません。
まずは私の母系ラインですが、180,000年前ごろ、中央アフリカ辺りに住んでいてハプログループLでした。
コンゴとかルワンダ辺りだったのでしょうか。
個人的にゴリラファンで、マウンテンゴリラを近くで見るのが夢なのですが、そこが共通祖先だと思うと親しみを感じます。
65,000年前になると東アフリカに移動したようですが、地理的に紅海を渡って東に、狭いバブ・エル・マンデブを越えてアラビア半島の先端に向かって冒険したようです。
その頃はハプログループLが少数の集団に分かれてハプログループL3になりました。
そこからあた西南アジアにたどり着きハプログループL3はハプログループNになるのですが、この辺はどんなルートでたどり着いたのか不明です。
ハプログループNの女性がユーラシア大陸全体に移動し、ポルトガルからポリネシアに新しい枝分かれができたということです。
17,500年前頃、この母系ハプログループNがまた枝分かれして、ハプログループN9aと呼ばれ、東、中央、東南アジアに住んでいましたが、ハプログループN9bは極東地域である沿海州から日本へ移動しています。
分子人類学者の篠田 謙一先生はまさにこの手の第一人者で共通祖先のハプログループが同じなんで思いませんでした。
篠田謙一さんが語る
、 ミトコンドリアDNAでたどる人類の起源( 1/2) : BIG ISSUE ONLINE( 2008年1月1日発売、 THE BIG ISSUE JAPAN 86号 より) DNAの分析技術が進歩し、 現代人はもとより古人骨に残された遺伝子( ミトコンドリアDNA) から日本人のルーツ、 そして人類拡散の経路が明らかになった。 篠田謙一さん( 国立科学博物館) にその物語を聞く。 ...
中田敦彦さんはお笑い系というより教育系タレントとして活躍されていて、一日一回は彼を動画で見ることがあります。
日本の中でハプログループN9aは5%も満たない少数派ですから、わかりやすい有名人が同じ共通祖先グループいるのは嬉しいです。
さて、東、中央アジアに分布していた私のハプログループN9aは日本に上陸してハプログループN9a2cと呼ばれ、約3,500年前ぐらいに日本の方々で爪痕を残しています。
大体、140世代前ぐらいですが、私の遺伝情報によると、10か所ほど証拠が分布していました。
沖縄県→広島県→福岡県→岡山県→福島県→山口県→岐阜県→島根県→東京都→愛知県
私の共通祖先グループは東アフリカを出て以下の枝分かれして、3,500数年前に日本へ上陸し、約140世代前の母となったのです。