モントリオールはケベック州の美術館、図書館、ドライブインが5月29日に再開できようなので、日に日にアクセスできる場所が増えて行きます。
今日は、「国家安全法」に反発に対する香港でデモ隊と警官隊が衝突している様子を見て寒気しました。
去年は逃亡犯条例に反対する民主化デモが拡大して当局と対立していましたね。
中国では22日から全人代(全国人民代表大会)が開幕していたので、あんまりいい予感しなかったのですが、できた代物は国家安全法というより中共保護安全法のようなものです。
デモ自体、国家分裂行為とみなされ、逮捕されてしまうわけです。
民主主義の香港は政権転覆など当たり前の希望なのに、それさえ行ってはいけないという法律ですから、これはデモを起こすのは当然のことですね。
1997年の7月1日イギリスから中華人民共和国への返還・譲渡され、香港特別行政区政府が発足しました。
たったの23年で自由を奪われてしまうなんて悲しすぎます。
思えば、私が香港に行ったのは1989年です。
1984年に今は亡き英国マーガレット・サッチャー元首相が中国に香港を返還・譲渡を定めた年であり、それまではイギリス統治下であったわけです。
香港人のパスポートはイギリス人のパスポートではあっても香港と感じで記されていたのを覚えています。
当時、英国人の元彼と東京で暮らしていました。
その彼が、法が整って香港が完全に中国へ返還・譲渡されてしまう前にイギリス統治下の香港を見てみたいとのことで2週間ぐらい滞在しました。
今と比べたら、怪しげな雰囲気を醸し出すスラム街「九龍城砦(きゅうりゅうじょうさい)」などがあって、異国情緒たっぷりでした。
というか、パラレルワールドにはまり込んでしまったようなところでした。
ステイしていた宿泊施設も独特でした。
香港の九龍・尖沙咀地区の弥敦道(ネイザンロード)に面して建つ、知る人知るぞ重慶大厦(チョンキンマンション)です。
宿泊施設だけでなくいろいろなお店が入っている複合ビルで、一言で言うとカオスでした。
予約も入れた記憶がないですが、ポン引き風の謎の東洋人に元彼が声を掛けられて部屋の交渉していたのをおぼえています。
普通のベッドだと足が出てしまうから、間取りが大きくエアコンが付いていてウエスタンサイズのベッドのあるタイプにしてくれと頼んでいました。
危なっかしいリフトで到着するとお店の付いているようなシャッタータイプの鉄格子を開けて普通のドアを開けると言ったような作りでした。
やり手ババアが仁王立ちして待っていたけど、私が日本人で彼が英国人と知ると態度が急変したのが印象的でした。
間取りの広さと内装はウォン・カーウァイ監督の香港映画「恋する惑星(1994年)」とよく似ています。
いかにも香港テイストですが、当時の中国と比べると民主化された雰囲気はありますが、英国の統治下とは程遠く、香港にいる間はよくお腹を壊しました。
今も重慶大厦(チョンキンマンション)とかあるみたいですが、リニューアルされて間取りは細かく細分化されて窮屈そうです。
しかしながら、相変わらずカオスな雑居ビルなのは変わっていません。
古き良き香港が中共の支配下になるのは絶対に許されるべきじゃないです。
加油!